出﨑 統
出﨑 統 · でざき おさむ · 1943〜2011年
1999年5月、アメリカのアニメ誌Animericaは出﨑統への長いインタビューを掲載した——あしたのジョー・ベルサイユのばら・ブラック・ジャック・ゴルゴ13の演出家だ。当時56歳、36年のキャリアを経た出﨑はその仕事・信念・疑問について稀な率直さで語った。本記事は原インタビューをテーマ別に再構成し、厳密な言い換えで提示する。
アニメーションの前に漫画があった。高校時代に貸し本漫画(かしほん)の市場向けに描き始めた——読者が一冊数円で借りられるシステムだ。複数の描き手で一冊を分担し、描いた分だけ報酬をもらう。高校在学中のセミプロとしての仕事だった。漫画で食べていけると確信していた。
しかし高校卒業と同時に貸し本市場が突然崩壊する——テレビアニメの台頭で読者が貸本屋から離れたからだ。後にゴルゴ13を描く高橋留美子——ではなくさいとう・たかをもこの同じ貸し本市場の出身だ。
その後1年間、東芝に勤めた——自分にはまったく向いていない環境で、工場でただ時間を過ごすような日々だったと語る。転機は虫プロダクションの開設だ。鉄腕アトムのアニメーター募集に応募し採用され、その年の8月に入社した。
まったく違う。最初は動画(どうが)——原画と原画の間の中間的な動きを描く仕事だ。しかし漫画家としての経験があったため、2〜3ヶ月で原画(げんが)に昇格した。動画の仕事は絵が死んでしまうと語り、常に苦手だったと言う。
少しずつ役割を増やしていった——アニメーションと並行して内緒で絵コンテも手がけていたが、それが発覚して副業をやめるよう言われた。やがて友人たちと小さな制作会社を立ち上げ、気づけば鉄腕アトムの演出を担当していた。
漫画よりアニメーションに留まり続けた理由は単純だ——音楽・音・動きが加わったことで夢中になった。これが自分の本当の仕事だと思った。以来、演出を中心に、ときには絵コンテや原画にも携わってきた。
手塚は、自分も含めてほぼすべての同世代の漫画家が漫画を始めた理由だ、と語る。彼のスタジオで直接の監督のもとに働くことは特別な体験だった。手塚は定期的にスタッフの絵コンテを確認しに来て、もっと面白くするよう求めた。
その言葉は若き出﨑を当惑させた——シリアスなトーンが必要だと確信していたからだ。今でもその考えを完全には共有していないが、あの言葉が自分の中で長く作用し続けてきたことは認める。
余談として:2人とも「おさむ」という名を持つため、スタジオの同僚が出﨑を「おさむちゃん」と呼んでいた。手塚はそれを好まなかったようだと笑いを交えて語る——ライバル意識からではなく、その名前への何らかの思い入れから。
技術的には絵が何桁も良くなった——これは躊躇なく認める。しかし集団としての制作の人間的な次元に失われたものがあると言う。虫プロの時代、様々な背景を持つ一世代の作り手が同じプロジェクトに集まり、本当に生きて自由だという感覚があった。週ごとのペースは過酷だったが、作品への関与の質は違った。
現代の産業モデルへの懸念は具体的だ。400カットの映画を数十のスタジオに分散させ、それぞれが20〜30カットしか担当しないシステムでは、プロジェクトを最初から最後まで見届けるアニメーターはほとんどいない。そして若い演出家は書かれた脚本への全面的な従属関係の中に置かれている——かつては全体を改善するなら場面を変えることができ、誰も文句を言わなかった。今は脚本家が抗議する。監督は言葉を絵に翻訳するだけになる。
もちろん——医師に相談したうえで一部の絵コンテを修正した。しかし動機は医学的な徹底したリアリズムではない。求めていたのは病院特有の雰囲気——あの緊張感、専門用語の重み、完全には理解できなくても何か重要なことが起きている感覚だ。専門用語は必ずしも理解可能でなくてもいい——大切なのは適切な質の緊張を生み出すことだと語る。
外国の視聴者がすべては理解できない文化的密度を持つ日本のアニメを楽しめることとの類比も指摘する。スクリーンの緊張はスタッフ全員が一緒に作り上げるものだ——綿密に計算されたものというよりも。
特定のビジュアルをアニメーションに持ち込んだのは自分が最初かもしれないと認めながら——しかし明確な意図を持ってのことだった。すべてのビジュアルはドラマに奉仕しなければならない。実写が役者の肉体を見せられる一方、アニメは画面全体を使ってキャラクターの心理状態を表現しなければならない。画面を飾るためでも美しく見せるためでもなく——あくまでドラマとキャラクターのために。
一部の作品で気になるのはその逆だ——物語と無関係な洗練されたビジュアル、コンテンツとは別に売りとして使われる人気声優やキャラクターの魅力。視聴者は馬鹿ではないと語る。繰り返しが中身を欠いていることが明らかになると、飽きが来る。
——言い換え · 出﨑統 · Animerica · 1999年5月
エースをねらえ!を依頼されるまで少女漫画を読んだことがなかったと率直に認める。できるかどうか確信が持てなかった。しかし作品の中に本物のドラマを見出した——死病を抱えるコーチと若いテニス選手の不可能な物語だ。このドラマの素材はジャンルの外皮から取り出せば、普段の原則通りに扱えるものだった。少女漫画の言葉では言い表せない雰囲気をアニメに翻訳する挑戦が面白かった。
少女読者について語る内容も明確だ——想像力が豊かで、男性の視聴者より予測しにくい感受性を持つ。アニメに多い涙もろいだけの女性という型を否定する。女性には力強さと恐ろしい側面もある——それを見せたいと語る。ベルサイユのばらの後、原作者の池田理代子に「あなたは多くの女性より女性のことをわかっている」と言われたと述べる。
自分がこなせるスポーツはゴルフくらいだと笑う。スポーツ系作品で関心があるのはスポーツそのものではなく、それが人物を描くためのプラットフォームになることだと言う。競技者には成長の記録があり、全力で打ち込む——これは一人の人間の完全な肖像を彫り出す角度になる。スポーツを何か他の全力投球に置き換えても同じ結果が得られる。
ゴルゴへのアプローチは最も示唆的な発言のひとつだ——ジャングルの中でトラを追う野生動物写真家のように意図的な距離を保ちながら彼を追ったと語る。内面には決して入らない。ゴルゴは人を殺すことを仕事にする男だ——彼を内側から理解しているふりをせずに外から観察することが求められる。
アフレコでの逸話がこの極端な経済性を示している——ゴルゴの声を当てる声優が2時間遅刻して到着したが、30分で録音を完了した。ゴルゴには映画全体でセリフが5か所しかない——最大でも2つの完全な文だ。キャラクターの完全な無口性は制作上の現実だった。
インタビュー当時制作中のOVAクイーン・ビーの主要な敵役への熱意も語る——小さな南米の島のゲリラリーダーで、アメリカ大統領候補の非嫡出子であることが判明する女性だ。彼女に関心があるのは、壊れて暴力の中に再構築された強い女性の内なる美しさを見せることだと言う。ゴルゴが彼女を殺す——それが彼の仕事だ。しかし出﨑はゴルゴが無言のうちに彼女の生き方を尊重していることを視聴者に感じさせたかった。
NHKでのメルヴィルのSF翻案白鯨伝説はキャリアの中で最も大きな芸術的自由を得た作品だと語る——そして結末に至る前に中断され、8話が未制作のまま残った。再開を模索している。このプロジェクトは前進するための条件だ——完成させずにはけじめがつかない。
あしたのジョーについての発言は意外性がある——シリーズは未完だと考えているという。見せたかったのに描けなかったもの——ジョー矢吹が泪橋に現れる前に何をしていたか、彼の少年時代——はずっと心にある欠如として残っている。定期的にコラムでそれに言及すると語る。
明らかな影響は手塚治虫——自分の世代はほぼ全員が彼から漫画を始めた。2番目に挙げるのはさいとう・たかを——よりリアルなスタイルで手塚の論理的な延長線上にいる。しかし個人的に最も好きなのはちばてつやだ——あしたのジョーの制作中に原作者として直接アドバイスをもらい、ビジュアルとテンポの感覚が卓越していると語る。それらの問題に真剣に取り組んだ最初の漫画家だと評価している。
映画については——アニメーションはあまり見ないと率直に言う。関心があるのは映画とドキュメンタリーだ。明示された参照作品:ヴィットリオ・デ・シーカの自転車泥棒(1948年)・ジャン=ジャック・アノーの愛人/ラマン(1992年)・アンソニー・ミンゲラのイングリッシュ・ペイシェント(1996年)。共通するのはスペクタクルの拒否と本物のドラマへの傾倒だ。
ハリウッドの機械的な映画製作——クライマックスを一定の間隔で配置し、テレビのコマーシャルに合わせて計算された構造——との対比でシドニー・ルメットの12人の怒れる男(1957年)を挙げる。ほぼ一室で撮影され、見世物的な娯楽価値はゼロだが、ドラマの豊かさが忘れられないと語る。
映像化不可能とされる作品——詩・俳句・その言語形式においてのみ存在する小説——に挑むアニメーションを夢見ると語る。太宰治・俵万智の名を挙げる。インタビュアーがジェームズ・ジョイスをアニメ化できるかと問うと——ユリシーズのことですか、と確認したうえで——可能だと信じると答える。うまくできるかどうかはともかく、可能だと。自分はまだリアリズムの段階にあるアニメーションの中のある種の印象主義者だと自己定義し、抽象化をアニメが向かうべき自然な地平として捉える。
実験映像への抵抗感も明確に語る——短編映像への誘惑を感じることはあるが、実行したことはない。自分の領域はすべての制約を伴うテレビと映画のプロ仕事だ。そこでこそ芸術的表現は本当に試される——広い観客に対して、限られた予算で、タイトなスケジュールの中で。制約なしで一人で制作した一時間の作品は何も証明しない。
率直さが際立つ回答だ——本当に好きならやりなさい。他人の評価を求めてはいけない。描くこととアニメーションを作ること自体が好きでなければ続けられない。現代の映像文化は技術的に優れた若い才能を多く生み出しているが、長続きしない者も多いと語る。
欠けているのは挫折を乗り越える力だ——避けるのではなく、向き合って変容しながら通り抜ける力。別れが怖くて恋愛を避ける人間の例えを使う。傷つくかもしれないが、最初から挫折に直面しなければ本当に立ち直ることができない。
年を重ねて若いスタッフの仕事が不十分な時にそれを正直に言うことをためらうようになってきたと認める——建設的な批評でも壊れてしまうことがあるから。それが悲しいと語る。
締めくくりの言葉:世界についての幅広い知識が必要だ——技術的な深さだけでなく広い視野と経験の積み重ね。深さと幅が両方なければアーティストにはなれない。そして続けられる人は目標に達するだろう。中には難しいからこそ好きになる者もいる、と語る。
| 年 | 作品 | 形式 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1970-71 | あしたのジョー | TV · 79話 | ちば・高森原作 ★★ |
| 1973-74 | エースをねらえ! | TV · 26話 | 出﨑初の少女もの · テニス |
| 1979 | ベルサイユのばら(19〜40話) | TV | 池田理代子原作 ★★ |
| 1979-80 | ペリーヌ物語 · 家なき子 | TV | 日本アニメーション · 欧州文学 |
| 1982 | 宝島 | 劇場 | スティーヴンソン原作 · マッドハウス/TMS |
| 1982 | スペースコブラ | 劇場 | 寺沢武一原作 |
| 1983 | ゴルゴ13(劇場) | 劇場 | さいとう・たかを原作 · TMS ★★ |
| 1983 | あしたのジョー2 | TV + 劇場 | 続編 · 出﨑ふたたびジョーと ★★ |
| 1984-87 | マイティ・オーボッツ | 米TV · 13話 | TMS · 富岡 · 日米共同制作 |
| 1990-92 | ブラック・ジャック | OVA · 10話 + 劇場 | 手塚治虫原作 · マッドハウス ★★ |
| 1992 | おにいさまへ… | TV · 39話 | 池田理代子原作 |
| 1997-99 | 白鯨伝説 | TV · 26話 | NHK · メルヴィルSF翻案 · 出﨑オリジナル |
| 1998 | 1ポンドの福音 | OVA | 高橋留美子原作 · 別名義で |
| 1998 | ゴルゴ13 クイーン・ビー | OVA | 15年ぶりの復帰 |
出典
- 出﨑統インタビュー——Animerica、vol.7、no.5、1999年5月、pp.17-18・36-37——Furinkan.comにアーカイブ。本記事の唯一の一次資料。
- Anime News Network——出﨑統(でざきおさむ)· 制作クレジット確認。
方法論的注記。本記事の内容はすべて英語原文の厳密な言い換えだ。質問は意図を要約し、回答はすべて再構成されている。原文の逐語的な再現は含まない。いかなる価格・市場情報も含まない。SAKUGAART、日本のアニメーションに特化した編集サイト。
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