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石垣努 – 背景を描き続ける人

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石垣努 人物特集 — SAKUGAART

人物特集 · 美術監督 · 手描き背景 · 1979年 → 現在

石垣努
背景を描き続ける人

代々木アート・プランニング 石垣プロダクション 代表 · 小林プロダクション出身 · 阿佐ヶ谷 · 秋田 · Tsutomu Ishigaki

『ルパン三世』『犬夜叉』『アンパンマン』、そして劇場版『名探偵コナン』のクレジットに、その名は繰り返し現れる。それでもフランスで彼を知る人はほとんどいない。小林七郎のアトリエで育った石垣努は、四十年をかけて手描き背景の大きなスタジオの一つを築き上げ、さらにその技を故郷・秋田へと持ち帰った。

出身秋田県 (一資料では湯沢市)
修業小林プロダクション (小林七郎のアトリエ)
確認できる最初のクレジット背景 · 『カリオストロの城』 · 1979年
会社設立1981年4月17日 · 石垣プロダクション
所在地東京都杉並区阿佐谷北
関連会社GAKIpro A studio · 秋田市 · 2020年4月開業
主な取引先トムス・エンタテインメント (旧・東京ムービー新社)
代表作ルパン三世 · レイアース · 犬夜叉 · アンパンマン · コナン
従業員35名 · 東京・秋田、2024年7月時点

— I —

小林七郎の門下生

石垣努は日本の北、山と田んぼと雪の冬で知られる秋田県の出身である。秋田市と秋田県の公的資料は彼を秋田県出身と紹介し、日本語版ウィキペディアは県南部の湯沢市と記している。生年月日や修業の詳細は、我々の知る限り、どこにも公開されていない。

確かなのは、彼の学び舎である。1968年に小林七郎が設立した背景美術の工房、小林プロダクション。『家なき子』や『ガンバの冒険』の空を描いた画家のアトリエだ。日本語版ウィキペディアの小林七郎の項は、男鹿和雄、小倉宏昌と並べて彼を門下生に挙げている。のちに『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の美術監督となる小倉自身も、業界を代表する存在となった小林プロ出身者の一人として、石垣の名を自然に挙げている。

小倉宏昌、男鹿和雄、石垣努 — みな小林プロダクションを経てきた。1977年に入社したアトリエを振り返り、小倉はそう語っている。

— 小倉宏昌インタビュー、Karageko による英訳(2019年)を要約 · karageko.com

記録に残る最初のクレジットは華々しい。宮崎駿の初監督長編『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)の背景である。美術監督は小林七郎。石垣は師のもとで背景を描くチームの一員だった。クレジット上の役職は美術監督ではなく、あくまで「背景」である。

編集部注:石垣の小林プロダクション入社年、生年月日、学歴は、参照可能な資料には記載されていない。出身地の湯沢市は日本語版ウィキペディア(石垣プロダクションの項)のみが典拠で、秋田市・秋田県の資料は「秋田県出身」とのみ記している。

— II —

1981年 — 阿佐ヶ谷のアトリエ

独立は早かった。1980年、東京ムービー新社制作の『太陽の使者 鉄人28号』で美術監督と美術設定を担当し、1981年には『六神合体ゴッドマーズ』の美術監督を務める。そして1981年4月17日、自らの会社「代々木アート・プランニング有限会社石垣プロダクション」を設立した。クレジットでは「Y.A.P.」の略称で表記される。

本社は東京西部、杉並区の阿佐ヶ谷に置かれた。1970年代以降、日本のアニメ制作会社の多くが集まる地域である。経営モデルは小林のそれを受け継いでいる。手描き背景を専門とする下請けスタジオとして、他社が制作するシリーズや映画の背景を提供するのだ。スタジオの公式サイトは今も、業界全体のデジタル化に抗うように、手描きを中心的な価値として掲げている。

代々木を思わせる社名に、阿佐ヶ谷の住所。石垣のアトリエは、制作会社が集まる杉並の中心で生まれた。

東京ムービー新社、現在のトムス・エンタテインメントとの関係が、スタジオの背骨となった。日本語版ウィキペディアによれば、石垣プロダクションは主にトムスの作品を手がけている。このつながりは、彼の仕事歴のあまり知られていない一面を説明する。アニメニュースネットワークは、1980年代に日本のスタジオと共同制作されたアメリカのアニメ『リトルズ』(The Littles)や『ギャラクシー・ハイスクール』(Galaxy High School)で、彼を背景デザイナーとしてクレジットしている。


— III —

東京ムービーとの黄金時代

1980年代から1990年代にかけて、石垣は第一線の美術監督となる。1984年には怪盗紳士の第3シリーズ『ルパン三世 PARTIII』の美術監督を務め、続いて劇場版『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』(1985年)に参加した。『機動警察パトレイバー』(1988年)の1話を手がけ、劇場版『銀河英雄伝説 黄金の翼』(1992年)、そしてCLAMP原作でトムスが制作した『魔法騎士レイアース』(1994年)の美術監督を務めている。

90年代末には、より陰影の濃い、あるいは個性的な作品が並ぶ。美術監督と美術設定を兼ねた『EAT-MAN』(1997年)、消防士を描いた『め組の大吾』。2000年代初頭には、劇場版『犬夜叉』の最初の4作(2001〜2004年)で美術監督を務めた。森や寺、霞に包まれた戦国時代の雄大な風景は、小林の教えを真っ直ぐに受け継いでいる。細部より先に、空気を描くことである。

1979年 · 背景
ルパン三世 カリオストロの城
美術監督:小林七郎
1980年 · 美術監督
太陽の使者 鉄人28号
美術設定も担当
1984年 · 美術監督
ルパン三世 PARTIII
1992年 · 美術監督
銀河英雄伝説 黄金の翼
1994年 · 美術監督
魔法騎士レイアース
1997年 · 美術監督
EAT-MAN
美術設定も担当
2001–2004年 · 美術監督
劇場版 犬夜叉 1〜4作
2011・2013年 · 美術アドバイザー
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。
TVシリーズ、のちに劇場版
2013年 → · 美術監修
劇場版 名探偵コナン

— IV —

コナン、アンパンマン、あの花 — 監修と継承

2000年代に入ると、石垣の役割は変わっていく。一つひとつのカットを指揮するよりも、チームを束ねる立場になったのである。その名は次第に「美術監修」として、自社で育てた美術監督の上にクレジットされるようになった。2008年から2014年にかけて美術監督と美術監修を行き来した劇場版『アンパンマン』、そして何より、2013年以降石垣プロダクションが毎年背景を手がけている劇場版『名探偵コナン』がその例である。

スタジオはそこから大きな注目を集めた。2024年には自社ブログで、27作目の劇場版『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』の公開を祝っている。同作の美術監修には、佐藤勝と並んで石垣努の名がある。その間に彼はTVシリーズ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011年)の美術アドバイザーを務め、2013年の劇場版にも参加した。トムスの二大看板が出会う『ルパン三世VS名探偵コナン』にも関わっている。

筆から監修への移行は、継承について何かを物語っている。かつての小林と同じく、石垣も一世代の画家たちを育てた。日本語版ウィキペディアは、同社の美術監督として小山田有希、光元博行らの名を挙げている。

編集部注:クレジットの正確な役職名(美術監督、美術監修、背景)は作品により、また参照したデータベースにより異なる。『あの花』については、アニメニュースネットワークはTVシリーズの美術アドバイザーとしており、2013年の劇場版での正確な役職は日本語版ウィキペディアのみが典拠である。

— V —

秋田へ — GAKIpro A studio

2019年9月、石垣は秋田市に関連会社GAKIpro A studioを設立し、2020年4月に従業員9名で開業した。秋田県のポータルサイトによれば、県内初のアニメーション美術・背景制作会社である。秋田市が公表した進出企業概要は、その動機を伝えている。故郷の発展に貢献すること、若者に手描き背景の技術を伝えること、東京以外でもアニメの仕事ができることを示すこと、そして秋田公立美術大学の卒業生の受け皿となることである。

「秋田に居ながら世界中の人々の心を豊かにする為の仕事をする!これが弊社の理念です。」GAKIpro A studio の企業理念。

— 秋田県 企業紹介ポータル、GAKIpro A studio · digital.pref.akita.lg.jp

この挑戦は風景とも結びついている。スタジオは、秋田の海、山、川、雪を手本にすると語る。そこには、小林が教えた観察への厳しさが、一つの地域に向けて生かされているのが見て取れる。秋田のスタジオはすでに『不滅のあなたへ』『夏目友人帳』『トニカクカワイイ』『名探偵コナン』の背景に参加している。スタッフの平均年齢は30歳未満。2024年7月時点で石垣プロダクションは35名を擁し、そのうち12名が秋田で働いている。2025年3月には、秋田市の招きで、地元の学生に向けたオンライン講演会も行った。


— VI —

主な作品と未解決の論点

年作品名役職制作
1979ルパン三世 カリオストロの城背景東京ムービー新社
1980太陽の使者 鉄人28号美術監督東京ムービー新社
1981六神合体ゴッドマーズ美術監督東京ムービー新社
1984ルパン三世 PARTIII美術監督東京ムービー新社
1985ルパン三世 バビロンの黄金伝説美術東京ムービー新社
1992銀河英雄伝説 黄金の翼美術監督—
1994魔法騎士レイアース美術監督トムス
1997EAT-MAN美術監督—
2001–2004劇場版 犬夜叉 1〜4作美術監督サンライズ
2008–2014劇場版 アンパンマン美術監督 · 美術監修トムス
2011 · 2013あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 TV・劇場版美術アドバイザーA-1 Pictures
2013 →劇場版 名探偵コナン美術監修トムス
未確認・未解決の論点:生年月日、小林プロダクション入社年、出身地の湯沢市(単一資料)、制作会社欄が「—」の作品の制作元、劇場版『アンパンマン』『コナン』のクレジットの正確な範囲(データベースにより異なる)。石垣努への詳しいインタビューは、ネット上では見つからなかった。

最後の点こそ、最も印象的かもしれない。日本アニメで最も多作な背景画家の一人であり、小林の直弟子でもある人物が、自らの歩みを公に語ったことはほとんどないのだ。小林のアトリエ、『カリオストロの城』、阿佐ヶ谷での創業期の記憶は、まだ記録されていない歴史の一頁である。

SAKUGAARTは、まさにこうした歩みを記録したいと考えている。石垣プロダクションや小林プロダクションで、あるいはその傍らで働いた方。これらのアトリエにまつわる資料や思い出をお持ちの方。ご希望に応じて秘密を厳守したうえで、編集部はお話をうかがえれば幸いである。

SAKUGAART · 人物特集執筆:M. El Uasti
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