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インタビュー ・ 美術監督 ・ スタジオジブリ ・ 『魔女の宅急便』(1989年)
大野広司
インタビュー(『Topcraft ― Aux origines du studio Ghibli』Ynnis Éditions より)
Hiroshi Ôno · Directeur artistique · Kiki la petite sorcière · Studio Ghibli · 1989
海に面した架空の街、コリコ。キキが旅の荷をほどくその街の通りと屋根を描いたのが、大野広司である。『魔女の宅急便』の美術監督を務めた大野が、スウェーデンへのロケハン、宮崎駿との仕事の進め方、そして映画の「感情の建築」としての背景美術について語る。本インタビューは、Maroin Eluasti著『Topcraft ― Aux origines du studio Ghibli』(トップクラフト ― スタジオジブリの原点)に収録されている。
スウェーデンへの旅 ― 理想の舞台としてのヴィスビー
Maroin Eluasti によるインタビューのなかで、大野広司は『魔女の宅急便』の背景美術を構想するために行ったスウェーデンでのロケハンを振り返っている。それは彼にとって三度目の海外渡航であり、それ以前の二度の旅もまた、職業人としての記憶に強い印象を残したものだったという。
スウェーデン本土の沖、ゴットランド島に位置するヴィスビーは、宮崎駿がコリコと名づけた架空の街を描くための取材地として、すぐにスタッフの心をつかんだ。ヴィスビーの高台からは、中世の街並みの色とりどりの屋根と海とが同時に見渡せる。その重なりこそ、映画が求めていたパノラマ的な空気感そのものだった。大野はインタビューのなかで、宮崎駿監督自身もこのロケハンに参加したと明かしている。虚構の舞台を現実の土地に根ざさせることを、監督がいかに重視していたかを物語るエピソードである。
『魔女の宅急便』は、ロマンティックに理想化されたヨーロッパを舞台にしています。ロケハンのために訪れたスウェーデンでの旅についてお聞かせください。
インタビューのなかで大野は、ヴィスビーを映画にとって完璧な宝石のような街だと語る。色とりどりの屋根、石畳の路地、高台から望む海。街が視界を包み込むようなパノラマがそこにはあった。彼は、どこかおとぎ話めいた、わずかに歪んだようなその土地の空気にも触れている。見慣れているようでいて、どこか異国的でもある。それこそが、宮崎がコリコに求めていたものだった。
→ 要約 ― 出典:Maroin Eluasti『Topcraft』前掲書、大野広司インタビューこのインタビューが明確に示しているのは、ジブリにおけるロケハンの記録的な側面である。大野はヴィスビーを写し取ろうとしたのではない。その土地が持つ感情の手触りを吸収し、物語に合わせた総合的なかたちへと蒸留しようとしたのだ。この手法は、宮崎と高畑勲が『アルプスの少女ハイジ』(1974年)のためにスイスを訪れ、マイエンフェルトを素材として取材したことを思い起こさせる。
方法論 ― 視覚の楽譜としてのレイアウト
インタビューのなかでもとりわけ貴重なのは、背景美術をめぐる宮崎駿との仕事の進め方についての大野の証言である。彼は、ふさわしい画風を見つけるまでの当初の苦労を振り返る。プリプロダクションの最中に方向転換を迫られたことは、戸惑いであると同時に、最終的には実りをもたらすものだった。
『魔女の宅急便』の背景制作で直面した困難について教えてください。とくに描くのが難しかった場面や場所はありましたか。
インタビューによれば、大野は当初、おとぎ話のような幻想的なアプローチで背景を構想しようとしていた。しかし制作の途中で宮崎が求めたリアリズムという制約によって、その方針を見直さざるを得なくなった。途中で方法を変えることを受け入れる。この転換は、深い自問の瞬間であると同時に、芸術的に実り豊かな決断だったと語られている。
→ 要約 ― 出典:Maroin Eluasti『Topcraft』前掲書、大野広司インタビューここでインタビューが照らし出すのは、映画の視覚的な一貫性におけるレイアウトの中心的な役割である。大野は、宮崎とレイアウト担当者が絵コンテをもとに描いたこれらの設計図を、背景チームが解釈すべき楽譜になぞらえる。レイアウトには構図、スケール、アングルが描き込まれており、それによってアニメーターと背景スタッフは、舞台の地理的な一貫性を失うことなく並行して作業を進めることができた。キキの部屋や屋根裏部屋は、とりわけこの意味で作り込まれた空間として挙げられている。
大野はまた、背景スタッフの高屋法子との共同作業にも触れている。大判の背景の多くを担った彼女の貢献は、かけがえのないものだったという。描くのが特に難しい要素もあり、背景があまりに大きいため、長尺の巻物のような形式で描かなければならないこともあった。
背景と作画の調和 ― 繊細な均衡
『魔女の宅急便』の背景に命を吹き込むために、宮崎駿監督やほかの制作スタッフとどのように協力したのですか。
大野は、自身の仕事の核心となる技術を、作画されたキャラクターと背景とのあいだの「調和」の追求だと説明する。映画の空気を支えるだけの存在感を背景に持たせながら、決してキャラクターを圧倒したり、観客の注意をそらしたりしないこと。その均衡を見極めることである。彼はまた、この共同作業の段階で背景の一部を自ら描いたこと、とりわけ映画の最初の二枚の背景を見比べながら作業したことにも触れている。
→ 要約 ― 出典:Maroin Eluasti『Topcraft』前掲書、大野広司インタビューこのやりとりが明らかにしているのは、ジブリにおける美術監督の仕事が持つ交渉的な側面である。それは、Maroin Eluasti のインタビューがもたらした最も貴重な貢献のひとつでもある。大野は、固定された指示書を受け取ってから一人で作業するのではない。スタッフとともに映画を築き上げ、絶えず調整を重ね、監督の思い描くものとアニメーションの制約が許すものとの均衡を探り続けるのだ。
カール・ラーション ― スウェーデンの絵画的参照点
インタビューのなかで最も興味深い証言のひとつは、大野が『魔女の宅急便』の背景の主要な絵画的源泉として挙げる、スウェーデンの画家カール・ラーション(1853〜1919年)の作品である。スウェーデンの家庭生活、色彩豊かで明るい室内、牧歌的な風景を描いたことで知られるこの画家・挿絵画家への言及は、映画の色彩設計に新たな光を当てる。
大野はインタビューのなかで、ラーションの絵に長年魅了されてきたこと、そしてコリコの背景の色のアクセントや光と影の均衡を見出すために、画集を何時間も眺めて過ごしたことを語っている。明確に区切られた空間、より暗い家々と対比される暖かな色彩。ラーションの室内空間の扱い方は、映画の街路、建物のファサード、室内の描写に直接受け継がれている。
スウェーデンの画家カール・ラーション(1853〜1919年)の絵画は、『魔女の宅急便』の背景の色彩的な空気感を形づくるうえでの大きな影響源として、大野広司によって語られている。Maroin Eluasti によるインタビューによれば、美術監督はラーションの作品の検討に多くの時間を費やし、その室内とスウェーデンの光の描き方のなかに、自らが生み出そうとしていた空気感との直接的な響き合いを見出したという。
― 編集部による要約 ― 一次資料:Maroin Eluasti『Topcraft ― Aux origines du studio Ghibli』、大野広司インタビュー
挿絵的な精密さと家庭的なぬくもりを兼ね備えた画風を築いたラーションが、ファンタジー・アニメーション映画に取り組む日本の美術監督に影響を与えたという事実は注目に値する。こうした影響の交差は、ジブリの手法全体を象徴している。ヨーロッパ絵画を糧にした日本のアニメーションが、それを吸収し、紛れもなくジブリらしいものへと変容させていくのである。
初号試写 ― 感動と安堵
インタビューは、『魔女の宅急便』完成版の初号試写の瞬間にも時間を割いている。大野は、その試写のあいだに抱いた感情を振り返る。期待の入り混じった緊張のなか、物語が進むにつれて、彼はスクリーンに釘づけになっていたという。
大スクリーンでついに『魔女の宅急便』を観たとき、最初にどのような印象を抱きましたか。
大野はインタビューのなかで、作り手としての緊張に続いて、完成した映画を前に感動が徐々に高まっていったことを語っている。彼は一人の観客として映画にすっかり引き込まれ、自分がその作り手の一人であることを忘れかけるほどだった。その安堵と没入の感覚が、彼の心を打った。映画のエンディング曲、とりわけ「やさしさに包まれたなら」は、そのときの彼の感動のなかで特別な位置を占めている。
→ 要約 ― 出典:Maroin Eluasti『Topcraft』前掲書、大野広司インタビュー初めて作品を観たときの感情の中心として、荒井由実(現・松任谷由実)の「やさしさに包まれたなら」が挙げられていることは示唆的である。それは、作り手たちが自らの作品をどのように生きているかを物語っている。技術的な判断の積み重ねとしてではなく、完成した瞬間に手を離れ、時にそのあまりの完成度で作り手自身をも驚かせる、ひとつの完結した感情の対象として。
デジタル作画へ ― 新たな冒険(2022年)
インタビューは、未来へのまなざしで締めくくられる。2022年、大野広司はコンピューターでの作画に挑戦することを決意した。ポスターカラーと筆で育ち、ジブリ作品の視覚美学の確立に貢献した美術監督によるこの決断は、衰えることのない芸術的好奇心と、懐古にとどまることを拒む姿勢を示している。
大野はインタビューのなかで、自らが熟達した画法と決別し、これまでの仕事とは異なる画風を探求することを決めたと打ち明けている。彼は一人で、また優れたアニメーターたちの助けも借りながら、この新しい道具の未知の世界を少しずつ切り拓いていった。コンピューターでの作画において彼を惹きつけるのは、アーティストたちがリアリズムを追い求める傾向と、視覚的な完璧さをめぐる問い、そしてそこから生まれる、技術的な操作を極めたいという誘惑である。