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TVシリーズ · 1977–1978年 · 東京ムービー新社 · 日本テレビ · 全51話
家なき子
空気を描いた旅
仏題 « Rémi sans famille » · 出崎統 · 杉野昭夫 · 小林七郎 · 1977年10月2日
1878年のフランス小説が、テレビ局の開局記念として東京でアニメ化され、立体映像で撮影され、小林七郎のアトリエで空の一枚一枚まで描き込まれた。水曜日のTF1でフランスの子どもたちを泣かせる前、『家なき子』は一つの映像実験室だった。出崎統と、日本アニメ最高の背景画家の実験室である。
マロから日本テレビへ — 開局記念の大作
エクトール・マロの小説は1878年に刊行された。捨て子の少年が養父に売られ、旅芸人ヴィタリスとともに三匹の犬と一匹の猿を連れてフランスを旅し、やがてイギリスにある自らの出自を知る物語である。それから約一世紀後、日本テレビは開局25周年を記念する作品としてこの物語を選んだ。制作は東京ムービー新社。1977年10月2日から1978年10月1日まで、30分枠で全51話が放送された。
その野心は予算にも表れている。日本語版ウィキペディアによれば、1本あたりの制作費はゴールデンタイムの1時間番組に相当した。理由は原題そのものに刻まれている。本作は「立体アニメーション」だったのである。指揮を執るため、東京ムービーは『ガンバの冒険』(1975年)や『宝島』を手がけたばかりのトリオを再結集させた。監督の出崎統、作画の杉野昭夫、美術監督の小林七郎である。

立体アニメ — 雲に満ちた空
正式タイトルが明言している通り、本作は『立体アニメーション 家なき子』である。「ステレオクローム方式」と名付けられたこの手法は、日本語版ウィキペディアで世界初の試みとして紹介されている。その原理は巧妙だ。二重の画像を必要とせず、左右の目のあいだで生じる視神経の伝達誤差、いわゆるプルフリッヒ効果を利用する。メガネがなくても普通に視聴でき、フィルター付きのメガネをかければ奥行きが現れる。
この手法には美術上の代償があり、それは背景に直結していた。立体効果は、背景が常に動いていなければ得られない。そのため、注意深い視聴者なら誰もが気づく帰結が生じた。日本語版ウィキペディアによれば、背景の大半を異様なほど大量に流れる雲が占めたのである。詩的だと思われてきた『家なき子』の大きな空は、技術上の制約でもあった。小林のチームは、それを作品の署名へと変えたのだ。

マーチャンダイジングも同じ論理に従った。主力商品はもちろん立体メガネで、日本テレビは最低50万個の販売を見込んでいたという。プラネット・ジュネスは、緑と無色のフィルターを備えたメガネについて記している。一方、1980年の劇場版では立体映像は姿を消した。1980年3月15日に公開された96分の再編集版は、立体方式を用いず、ナレーションもすべて省いている。
小林プロダクション — フランスの空気を描く
小林七郎は1932年8月30日、北海道常呂郡置戸町に生まれた。武蔵野美術大学を卒業後、小学校の図画教師を務めるかたわら、前衛美術家としても活動した。1964年に東映動画に入社し、1968年には手描き背景を専門とする自らのアトリエ、小林プロダクションを設立する。以後40年以上にわたり、同社は『ガンバの冒険』『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)『少女革命ウテナ』などの背景を手がけた。デジタル化の波のなかで後継者が減り、2011年2月28日に解散。小林は2022年8月25日、89歳で亡くなった。
画家を育てた苗床
アトリエの外観は決して華やかではなかった。のちに『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の美術監督となる小倉宏昌は、1977年、22歳のときに求人広告を見て入社した。彼の記憶では、アパートの部屋を仕事場に改装したもので、玄関には汚れたサンダルがずらりと並んでいたという。そしてまさにこの場所、『家なき子』の現場で、彼は男鹿和雄の仕事ぶりを目にする。背景を猛烈な速さで描き上げ、すぐにセルを重ねて馴染みを確かめる先輩の姿である。
男鹿和雄は1972年に小林プロダクションに入社し、1975年に一時業界を離れていた。日本語版ウィキペディアによれば、彼が1977年に復帰したのは『家なき子』の背景のためだった。その十年後、宮崎駿は彼に『となりのトトロ』の美術監督を託すことになる。つまり『家なき子』は、文字通り、スタジオジブリの名声を支える風景画が育まれた学校の一つだったのである。小倉、男鹿、石垣努らは、小林プロダクション出身の最もよく知られた画家たちだ。
男鹿和雄は背景を一気に描き上げ、すぐさまセルを重ねていた。小倉の回想によれば、その姿は見とれるほど格好よかった。
— 小倉宏昌インタビュー、Karageko による英訳(2019年)を要約 · karageko.com
「心の眼で描け」
小林の方法は、晩年まで繰り返し語られたいくつかの原則に集約される。背景はカメラのレンズが捉えるものを写すのではなく、眼差しが感じ取るものを描かねばならない。彼はそれを「カメラのレンズ」に対する「心の眼」と呼んだ。彼が描こうとしたのは対象そのものよりも雰囲気、すなわち「空気」である。2002年に徳間書店から刊行された画集『空気を描く美術 小林七郎画集』の題名もそこに由来し、同書には『家なき子』の背景も収められている。2012年12月19日から2013年4月14日まで杉並アニメーションミュージアムで開かれた回顧展の来場者は、小さな判型の原画に、ポスターカラーによる荒々しく大胆な筆致で、紙の凹凸の上に絵の具が乗せられていた様子を伝えている。
「カメラのレンズじゃない、心の眼で描け」小林七郎の言葉。
— アニメ!アニメ!掲載インタビュー(2020年2月) · animeanime.jp
東京から見たフランス
『家なき子』の課題は、19世紀のフランスの田園風景に説得力を与えることだった。石造りの村、ぬかるんだ道、川、そしてパリとロンドン。ぴあから刊行された『家なき子 COMPLETE DVD BOOK』第4巻(2021年)に収録されたインタビューで、小林はフランス滞在の思い出と、作品のフランスの風景がどのように生み出されたかを語っている。そこでは出崎監督の口癖も紹介されている。「かつて見たことのない映像表現を」という言葉である。
最も的確な賛辞は、四十年後のフランスから届いた。実写映画『家なき子 希望の歌声』(2018年)の監督アントワーヌ・ブロシエは日本のメディアに対し、このアニメ版こそ原作に最も忠実な解釈であり、それは筋書きだけでなく、細部のアートディレクションにまで及んでいると語っている。
出崎・杉野・小林 — 感情のトリオ
小林にとって出崎は、自らの作風を引き出してくれた人物である。出崎は、他の者なら直したであろう筆致の激しさや荒さを大事にするよう励ました。二人は「間接表現」を追求した。影や音、空白によって、見せるのではなく暗示するのである。表象文化論学会の研究ノートは、自身も前衛の出身である小林が、出崎の「過激な前衛精神」に共鳴していたことを伝えている。
出崎の映像には、すぐにそれとわかる特徴がある。画面分割、強いコントラストの光、傾いた構図、そして何よりも、動く絵が静止して一枚の描き込まれた絵へと変わる止め絵である。日本ではこれを「ハーモニー」と呼び、出崎はそれを「ポストカード・メモリー」とも呼んだ。この手法は人物と背景の通常の主従関係を消し去る。両者は同じタッチで描かれ、背景が人物を呑み込むかのように見える。『家なき子』では、一座の動物たちの死から、雪の中で迎えるヴィタリスの死に至るまで、こうした静止画が別れの瞬間を刻んでいく。
このトリオに加わるのが、作画監督を務めた杉野昭夫の絵である。その表情豊かで重みのある顔が、物語の名高い厳しさの一端を担っている。プラネット・ジュネスは、劇的で悲劇的な場面における出崎と杉野のコンビの的確さを高く評価している。
フランスにて — TF1、シリル、ジャン・トパール
物語が故国フランスに戻ったのは1982年2月17日(水曜日)、TF1の子ども向け番組『メルクルディ・モワ・トゥ(Mer-cre-dis-moi tout)』においてだった。フランス語版は原作の名前をそのまま用いている。レミ、ヴィタリス、マチア、ミリガン夫人と息子アーサー、バルブランのおかあさん、犬のカピ、ドルチェ、ゼルビーノ、そして猿のジョリクール。
シリルが歌う主題歌「Rémi sans famille」は、1982年にCBSからシングル盤で発売された。家族とは自ら選ぶものだと結ぶその歌詞は、1980年代のフランスで最もよく知られたリフレインの一つとなっている。パニーニ社からは全400枚のステッカーアルバムも発売され、完成させるのが難しいことで知られる。
再放送は続いた。1986年夏のTF1『クロック・ヴァカンス』、その後ラ・サンク、1997年のフランス3『レ・ミニキュム』、フランス5、そして2008年11月からはGulli。ビデオでは、2003年にデクリック・イマージュがDVDボックスを2つ発売し、2015年には@Animeがハイビジョン・リマスター版をDVDとブルーレイで発売している。さらに広く見れば、本作はメキシコ、イタリア、オランダ、アラブ世界などでも古典となった。
継承、作品年表、背景画の記憶
小林の名は、その空を見て育ったフランスの観客にも長いあいだ知られていなかった。2015年にジャパン・エキスポのゲストとして招かれ、ようやくフランスでアニメ背景の巨匠として紹介されたのである。2022年の訃報に際しても、同フェスティバルは彼に哀悼を捧げた。
| 年 | 作品名 | 形態 | 監督 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1878 | 家なき子 Sans famille | 小説 | エクトール・マロ | 原作 |
| 1977–1978 | 家なき子 Rémi sans famille | TV · 全51話 | 出崎統 | 日本テレビ/立体映像方式/背景:小林プロダクション/仏:TF1、1982年 |
| 1980 | 家なき子(劇場版) | 劇場 · 96分 | 出崎統 | 立体・ナレーションなしの再編集版/1980年3月15日公開 |
| 1996–1997 | 家なき子レミ | TV | — | 日本アニメーション/レミを少女とした新作 |
| 2018 | 家なき子 希望の歌声 Rémi sans famille | 実写映画 | アントワーヌ・ブロシエ | 監督は出崎版を最も忠実な映像化と評価 |
残るのは、文化財としての問いである。『家なき子』の背景はポスターカラーで描かれた原画だ。空の一カット、村の一景に至るまで、撮影台に載る前に東京のアトリエで紙の上に存在していた。2002年の画集と杉並での回顧展がその一部を公開したが、ほかの原画は今も小林プロダクションの元画家たちの手元や、スタジオの資料庫に眠っているに違いない。

SAKUGAARTは、この分野で資料の収集と記録を続けている。小林プロダクションや東京ムービー新社、あるいは本作のフランス語版に携わった方。この作品の資料や写真、思い出をお持ちの方。ご希望に応じて秘密を厳守したうえで、編集部はお話をうかがえれば幸いである。